2014年10月14日火曜日

イギリスでシニア語学留学!!  Part Ⅰ

 ずっと前から、英語をしゃべれたら、どんなに素敵なことだろうかと憧れていました。いつかはマスターしたいと思いつつ日々の生活に忙殺され、気づけば、もう、「いつか」なんてない年齢になっていました。子供たちも成長して、仕事に専念できる時期にやっとなったというのに、やはり私は何か仕事以外の事で毎日が忙しい。
 前置きはさておき、そういう訳で、1年以上も前からAEONに通っているのですが、やはり言葉は言葉、ツールなんだから、実際に使わないと身につかないと実感してしまいました。でも、思いつきではなくて、留学は何年も前から考えていました。仕事があるから行けないのは当たり前なのですが、終わってからでは遅すぎる。これは私の生き方なんだからと、決断しました。それが、たったの1週間の留学です。
 56歳という年齢なので、若い人達と交じって過ごすのは余計な気を使うかもしれないと考えて、シニアコースを探しました。シニアクラスがあって、1週間という短期でもよいという条件で見つけたのは、イギリスのボーンマスにあるアングロコンチネンタルというスクールでした。旅行会社はJTBガイアです(何分にも初めてなので、斡旋会社がないと心配です)。それから、ホームステイにするか、B&Bにするか大問題でしたが、ホストファミリーは何かの時に味方になってくれるよ、という息子の助言でホームステイにしました。結果的にはホームステイだったからこそ、英語漬けになれました。学校では日本人がたくさんいて、日本語をしゃべってました。

下記の予定です。

 9月6成田発 同日ヒースロー着      9月14日ヒースロー発  15日成田着
 授業は 9月8日(月)から12日(金) 午前中のみ 
 水曜日の午後は半日遠足   土曜日は1日遠足
 木曜日の夜は教師達と食事会
 ホームステイ  
 
 
 私の行動記録
9月5日(金) 仕事。とにかく夕方7時までに伊勢を出発できれば、夜12時までには津田沼の実家に行けるので、かなり必死に仕事をしました。準備や何やらで寝不足、おまけに前日の4日に人間ドッグでバリウム飲んだせいでお腹の調子も悪い。体調は絶不調で夕飯のお弁当を買う気力もなく、頭痛と空腹を抱えて11時ころに実家に到着。 食べたら元気少し回復しましたが、緊張とか忘れるくらいに疲労していました。 夫と母に感謝。 

9月6日(土) 朝早く出発。昨日とは、うって変って気分爽快。京成で津田沼から成田空港へ。飛行機の座席指定をしておかなかったのが心配でしたが、幸い通路側がとれました。お煎餅とチョコ(明治のストロベリーチョコ これが一番好きなので)のお土産を買い、せっかくなのでカードのラウンジにも寄ってタダのコーヒー飲んで、いざ出発。ここまで来ると、居直るので、緊張もしません。機内で、はじめてゆっくりパンフレットを読んで、ヒースロー空港での段取りを確認できました。 
14時間ほどでヒースローに到着。 入国カードの書き方から入国審査、迎えの待ち合わせまで、パンフレットは本当に事細かに書いてあるので、ほとんどトラブルなく通過できました。車で1時間と少しで、ロンドンからボーンマスのホームステイ先まで、あっと言う間でした。
ボーンマスはとても美しい街で驚きました。広い道路の両脇に古い大きな街路樹がならび、豊かな緑に囲まれた赤いレンガの建物が点在しています。木がとても大きいので、歩道はまるで森の中の道のように、しっとりとしています。住宅地にはいると、広い敷地に花で窓を飾ったかわいい家が立ち並んでいました。ちょうど、マレーシアで行ったニザールさんの家のまわりと雰囲気がにていました。マレーシアはイギリスの植民地だったので、イギリス文化の影響が強いのでしょう。
ファミリーは奥さん54歳と娘さん23歳の二人暮らしでしたが、他に留学生が3人もいてびっくりしました。クレムは近くのボーンマス大学の留学生でスリランカから来たそうですが、英語堪能。あとの二人は語学留学でしたが、トルコから来た彼は半年、タイ人のジェミーは2年目ということで、やはりちゃんとしゃべっています。私は、なんとか自分のことは言えるにしても、他の人の言うことが聞き取れないので、会話ができません。悲しいかな、にこにこしているしか、ありません。でも、まあ初日はいいだろう!って自分を慰め。 部屋はすごく素敵で、ホームステイにもランクがあるそうで、ウォークinシャワーとトイレ付の個室でした。



9月7日 時差のせいで目覚めが早くて、ちょうどよい感じです。 窓から玄関先にとめてある車をみていると、何と車の下をリスが走って行くのです。今日はあれこれ考えていたけれど、奥さんと娘さんがボーンマスを案内してくださるというので、連れて行ってもらうことにしました。話をきいていると、どうも二人はキリマンジャロ登山を半年後に計画していて、ダイエット中とのこと。奥さんは今90kgで、たしかにかなり大柄、あと半年で20kg減らすつもりだそうです。それでウォーキングが日課らしい。。。チョコを買ってきて悪かったなあと思い。。。よく歩きに来るという川に沿った自然豊かな公園を、二人とゆっくりと歩いていきました。それから車に乗ってタウンセンターへ。そこにも大きな芝生の公園があり、ここの公園とさっきの公園はつながっているのよ、と奥さんは言っていました。芝生広場に舞台があって本物のオーケストラが演奏していました。ベンチにすわったり、たくさんの人達が聞いています。そこから少し進むと木の植え込みが増えてきて、鳩にまざってリス達が、落花生の餌を人からもらっています! 知らない人が私にも落花生をくれるので、差し出すとリスは用心深げに近づいてきて餌を手で掴んでそそっと帰って行きます。いつか岐阜の金華山に行きたいと思っていたけど、まさかここで、リスに餌を手渡しできるなんて! でも、私、たしかマレーシアでも知らない人から人参もらって猿にあげた気がします。こういうのって国際マナー?なんでしょうか。 それから道路をくぐって海岸へ。ボーンマスはイギリスの保養地のようなところで、ビーチにはたくさんの観光客がいて、飲食店が並んでいます。そのうちの1件でコーヒー、彼女らはダイエット中なのに、アイスクリームを食べ、何か話しているのですが、今ひとつ理解できません。成り行きにまかすと、それから、タウンセンターに戻って、クレムとバス停で落合ました。クレムは大学の友達のキキを連れていました。どういう話になっていたのか、ホストファミリーの二人はここで、グッバイと言って帰って行き、私は今度はクレムとキキと歩くことになりました。キキはナイジェリアから来たそうで、語学学校の留学生だそうです。まもなく帰国するので、家族のお土産を買いたいということで、クレムが案内しているらしいのです。でも、キキはどうも変わっている様子で、愛想が全くなくて、言葉がぶっきらぼうな感じです。(あくまで感じです。英語でぶっきらぼうって何って自分でもわかりません) とにかく安い物をさがしているようで、何軒かまわって羽飾りのついた鉛筆を買っていました。それから、絵が好きというので、ギャラリーを幾つか見て、映画館でアニメ映画のポスターにくぎ付けになって、そしてお腹がすいて最後はマックに入って休憩となりました。クレムは、キキの友達というより、キキが亡くなった友人の従妹なので面倒をみているという感じでした。キキは髪をびっしりと細かい三編で編んでいて、それは素敵でしたが、美容院で丸1日かかると聞いて、私もクレムもびっくりしてしまいました。キキをバス停まで送って私たちも別のバスで家に戻りました。一日で随分クレムと親しくなれたようです。とても親切にバスのウイークリーパスの買い方や、バスの降り方など教えてくれました。もちろんキキとも親しくなれました。彼女は素直で微笑ましいところがあります。
学校は明日からだというのに、この2日間の密度の濃いこと。こんなにたくさんの人達と出会ってしゃべって、もう満足してしまいました。








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2014年8月17日日曜日

クアラルンプール Kuala Lumpur

第1日目
17:45 クアラルンプール飛行場到着
入国審査通過 入国カードなし。指紋を機械で登録。荷物は good timing に即 回収。両替所で両替。
19時頃、空港出発
20時頃、ホテル到着
21時頃、外出、ジャランアローの屋台街を散策、ガイドさん推薦の鳥手羽先を食べてホテルに戻ったのは23時頃。夜遅いのに、車はまだ渋滞している。



24時 就寝
第2日目
6:30 起床
7:30 朝食 バイキングと幾つかのメニューのオーダーあり。英語でもバイキングと言っている。
パスタの塊をチキンカレーにディップして食べる。スパイシーだけど美味しい。
サラダ、フルーツ、クラッカーにディップ、色々、全て美味しい。
9:00 二ザールさんと会う。彼女の自宅に行って、コーヒーとクッキーを頂く。子供さんのうち2人が自宅にいた。自宅の床は硬い石で、裸足で歩く。スリッパはない。スイッチをいれると、天井の真ん中の扇が開いて回り出した。扇風機なのだ。部屋の中はこれで十分に涼しい。玄関を入るとすぐに応接間のようで、ソファーがこの字に並べてあって、クッションが置いてある。部屋の中は厚いカーペットが敷いてあって裸足には気持ちが良い。ただ、トイレにスリッパがなくて裸足なのが抵抗あった。トイレには必ず小さなシャワーがついていて洗う習慣らしい。それで、床が濡れているのだ。

11:00 出発 車でマラッカまで2時間かかって到着。 ショッピングモールのフードコートで昼食。大きな1まいの皿に、蒸したライスと野菜や肉、魚料理をトッピングするマレーシア風の食事。1人当たり10リンギット、約300円と安い。それから駐車スペースを探して狭い中華街を2周して道端の駐車場に車を置き、古い船を利用した博物館と古いポルトガルの要塞跡の見学。




民族衣装のブラウスを購入しようとするけれど、上下セットで買わなければならず、150リンギットというので、やめ。喫茶店でアイスティーを注文、休憩をしてから、ビーチに連れて行ってもらう。ビーチの出店で、細かく切った野菜と小麦粉を揚げた天ぷらのようなものを甘めのトマトソースで食べるスナックと、かき氷、これはココナツミルクと茶色のシロップがかけてあり、ストローで吸って食べるらしい。ビーチはバリに似ていて細かいベージュの砂と灰色の海。でもここはマラッカ海峡。遥か沖を、たくさんの船舶が通る。


帰りは激しい雨と雷。稲妻が頭上から真下の森に向かって走るのが、何度も車窓から見える。
8:30頃にホテルに帰る。ホテルのコンシェルジュにバツーケーブの行き方を尋ねる。インド人の若い彼はとても気さくで感じが良い。その後、シャワーして爆睡。

第3日目
7:15 起床
8:00 食事 今日はパンケーキと昨日のランチと同じようなライスと料理のトッピング。
バツーケーブに出発。モノレールでクアラルンプールセンター駅に向かい、そこから KTMに乗り換えて15分程で終点のバツーケーブに到着。モノレールの時刻表は無し。KTMのバツーケーブ行きは30分に1本位。電車の中はとてもきれいで、ごみひとつない。広告も無い。路線図がドアの上にあって、停車して行くと順に黄色から赤にライトがついていく。途中で、背の高い白人系のグループが、乗車してきた。彼らはアジア系とは全く違う顔つき、体つきをしていると思った。紫外線に抵抗性がないのに、服装は露出部位が大きい。私は何となく縮こまって座っているのに、彼らは横柄で長い手足を持て余しているようにも見える。駅につくと皆が立ち上がって降りる。降りるとすぐに緑色の肌をして嘴を持つ巨大な像が目につく。例のバツー洞窟とは違う別の施設、帰りに気がついたが、ここになんちゃって洞窟がある。中にはラーマーヤナの物語の場面を表した人形が展示してある。薄暗い洞窟の中、派手にライトアップされた、そうした場面を巡って見て歩く。歴史的な価値なんて何も無いのだろうけれど、異文化の雰囲気が楽しい。





本物のバツー洞窟の前に行くと金色の巨大な像が立っている。緑色の像はこれを真似たんだと、後でわかった。バツー洞窟はヒンズー教の聖地ということで、観光客にも短パンではいけないと、紙がはってある。それでも、多くの人達は気に留めないで、上がって行くようだ。階段は左右真ん中と3つに分けられていて、真ん中は通ってはいけないと書いてある。段は300段近くあるが、コンクリートの歩きやすい段で、難なく登ることができる。途中に猿や鳩がいて、思わず立ち止まって写真を撮ったりしているといつの間にか着いてしまうのだ。この日、真ん中の通路には、歩かずに腕と膝で登っているインド人の男性がいた。家族と思われる女性と男性がついている。筋肉のついた普通の体格の人なので、これは宗教的な意味があるのだろう。階段を登り切ると、ちょっとした広間があって、土産屋がある。洞窟は更に奥にひろがり、高い天井が印象的である。途中に本堂がある。ここは入るのに有料だというが、柵で囲われただけで外からもよく見える。中に入る人はヒンズー教の人で、お祈りをしてもらっているようだった。本堂の天井は青い電飾が飾られていて面白い。本堂の横を通って更に洞窟の奥に行くと、最後の広場があり、本堂よりも大きな建物があって、同じように祭壇がある。正面は崖でまた沢山の猿がいる。建物の裏手、すなわち洞窟の隅にはゴミが積まれている。申し訳ないが、きれいに掃き清められた日本の寺院の庭では考えられない光景だ思った。
帰りに、ここで買うことに意義を感じて、綺麗な金色の鶏の置物を記念に買った。お土産全体がキラキラと派手だ。ヒンズー教の特徴かと思った。


ここから、帰りに駅の途中にあるもう一つのヒンズーの寺院により、それから例のラーマーヤナの洞窟によって帰った。こちらの寺院も階段の上にあるが、階段から靴禁止で裸足で上がらなければならない。この看板を見落して注意された。
帰りの電車は行きよりも少し旧式のようだった。座っていると、箒をもった女性が二人入ってきて、手早く塵を掃き出して行った。こんな風に掃除されているんだと思った。帰りに時間ができたので、KLセンターで国立モスクの外からの見学をした。モスク内には信者以外は午前中しか入れないと表示してある。金曜日は一日ダメ。信者の祈りの時間らしい。もう一箇所、国立博物館にも寄った。ここでは主にマレーシアの歴史について展示されている。博物館をでたら大雨で、モノレールが止まってしまった。仕方が無いので、タクシーでホテルに戻る。夕方には雨は止んで、蛍鑑賞ツアーに出かけた。
ツアーには日本語ガイドさんがいて、色々な話をしてくれた。個人ではなかなか知り得ない話もあって、海外旅行に行ったらツアーには一つ位は参加する方がいいと思う。クアラルンプール近郊は昔は熱帯のジャングルだったが、イギリスがやってきて、広大なゴムのプランテーションに変えてしまったそうだ。その後、ゴムの値段が下がって、今はパーム椰子のプランテーションになっているそうだ。本当に見渡す限りの山は、パーム椰子に覆われている。しかし、これは環境破壊だという。単一の植物に覆われた山は多くの種類の生物が住むことができない。しかもパーム椰子の生育に大量の農薬が使用されているそうだ。時間があったので、途中、灯台のある高台の公園によってお猿さん達を見ていく。エサを売っているけれど、ガイドさんから、猿に飛びつかれるから買わないようにといわれた。それなのに、知らない人が私に人参をくれて「猿にやってみな」という。ちょっとためらうと、大丈夫、大丈夫というので、猿に手渡してエサをあげてみた。猿は大人しく受け取って嬉しそうに食べている。日本人だったら、絶対に買ったエサはくれないと思う。







それから、ホタルウォッチングができる場所に移動。中華料理の夕飯を食べて周囲を散策しながら暗くなるのを待つ。韓国、日本、白人系の団体旅行と一緒で幾つかのボートに分けられて順番にいよいよ出発。ここのホタルはマングローブの葉を食べに集まるらしい。寿命は確か、2ヶ月位とか。(記憶があやふや) 光るサイクルが短くて、しかも殆ど飛び回らずに木の葉にとまっているようす。本当にクリスマスツリーのようにキラキラと光っている。数は沢山!これでも減ったというけれど、横輪の比ではない。昨日はスーパー満月ということで、潮が大きく満ちている。だからいつもより、マングローブの木に寄って見れるという話。月明かりでぼんやりしてしまうというが、絶好の曇り空でラッキーだったと思う。


ホテルに帰ると9時くらい。近くのショッピングモール、パビリオンを見物に行ったけど10時迄で、程なく帰って就寝。


第4日目
今日はホテルをチェックアウト。9時にまた二ザールさんが来てくれて出発。彼女の車の後部座席には飲み終わった哺乳瓶が転がっていて、申し訳ないなと思う。2歳の息子さんは今日は保育園に行った様子。さて、KLタワーに向いて出発。東京タワーのように展望台に上がってクアラルンプールを見渡す。曇っていて霞んで見えるけれど、広い。日本のように小さな家が見えないのが不思議。あちこちで工事が行われていて、まだまだこれからも成長しますと、言っているよう。でも多くは高級ホテルとマンションみたいだった。



次に訪れたのは国立イスラム美術館。ここは昨日のガイドさんお薦めの場所で、世界中のモスクの模型、芸術品のような美しいコーラン、イスラム世界で使用されていた金貨銀貨、工芸品や武器などなど、これは正にシンドバッドが手に入れた財宝そのものでは⁈ 見応えのある展示である。二ザールさんが説明してくれたけど、私は殆ど英語を理解出来なかったのが情けない。昼前にここを出て、KLCCに行って昼食。ツインタワーは、ガイドブックによると人数制限があって、登るのには朝早く行って予約が必要らしい。ここはパビリオンより更に大きいショッピングモールだが、中央が吹き抜けの構造になっていて似ている。インド、チャイニーズ、ジャパニーズなどの世界各国のレストランが並ぶ中、入ったのはインドネシア料理店。 でも食事の仕方はマレー料理と同じく蒸したライスに野菜料理や肉料理をトッピングして食べる。その後、マレーシアブランドのショップでサンダルをGET。二ザールさんにも選んでもらって、マレーシアらしいカラーの洒落たデザイン。69リンギット、日本円で約2000円で割安! 





さて先日は遅くなって二ザールさんに申し訳なかったので、今日は、早めにホテルに戻ることにした。どうもありがとう。仕事を2日も休んで案内して下さった。私も海外から友達が来たら、休んで案内してあげようと思った。
さて、ピックアップ迄、相当時間があったので、またパビリオンに行ってお土産を購入。その後はホテルのラウンジで待たせてもらい、7:45、迎えが来たので、マイクロバスで空港へ。車の冷房がきつくて冷え切って、やっと到着。
夢のようにあっという間に時は過ぎて帰国となる。ホッとすると同時に、今回訪れることが出来なかった所を、また是非尋ねたいと思う。

久しぶりです

1年以上たってしまいました。
忙しいと言えば忙しいせいかもしれませんが、また書きたくなって再開します。
目標はいつか 英語でブログ 書きたいですねえ。
去年からAEON行ってます。 7年振りに海外に行ってきました。クアラルンプールです。
9月には イギリスのボーンマスに行きます。これは語学留学、たったの1週間ですが、行かないよりましでしょう。五十路の大冒険です。仕事休んでいきます。。。ボーンマスは日本の旅行書には全く載っていないようです。帰ってきたら、私が日本語で書いてしまおう!!!  
  落ち込んでいないといいけど。

2013年5月24日金曜日

御座の金比羅山と爪切り不動と潮仏

3月17日 志摩バイパスを通って,御座港まで行ってきました.
風光明媚なところです.天気は上々,まっすぐに伸びた新しい道路は美しく,前にも後ろにも走っている車は見あたらないという空き方で,別世界を走っているような不思議な感覚でした.


御座港の少し手前に金比羅山の看板があり,空き地のようなところに車を置いて,歩き始めます.程なく駐車場があり,爪切り不動の鳥居が見えます.帰りによることにして,金比羅山をめざします.こちらにも別の鳥居が立ち,案内板があって15分と書いてありました.標高わずか111mということで,道も舗装されていますので,散歩気分で歩いていけます.山頂は広場になっていて,展望台があります.ここには,ぜひ立ってみましょう!360度の絶景を見る事ができます.





こんな感じの道です

展望 その広さは私の写真では伝えられません

展望台の真ん中には更に,一人用の立ち台があります.そこに立ちましょう(笑)



帰りには爪切り不動によります.階段があって降りていくと狭い家の戸口の前に出てしまうので,うろたえていると,夫はガラス戸を開けて中に入っていってしまいました.そこは通り抜けてよい所のようで,反対側のガラス戸を開けると,既に,あっと驚く箱庭のような爪切り不動の境内の中でした.人の気配のない境内の中は不思議な空間でした.本堂の裏には,梵字をきざんだ石がたくさんあります.
爪切り不動というのは,弘法大師が爪で石に不動尊の姿を刻んだものと言い伝えられているそうです.この石たちも,きっとそれに因んだものなのでしょう.

外の鳥居からは中の様子はわかりません

階段を降りると家の前にでてしまうので,行き止まりかと..

家を通り抜けると境内です.

狭い境内には沢山のいろいろなものがあります.

兄弟かな

これは,何の種でしょうか.巨大なタンポポみたいです

梵字をきざまれた石たち


石段の横の塀 雲の模様かな




御座港まで歩いて行って,潮仏の見物もしてきました.お地蔵様ということですが,自然石そのもののお姿のようです.何故なのかよくわかりませんが,長い年月のうちに海水に侵食されたのでしょうか.



御座港


潮仏様です ちょうど干潮でした

とても趣きがあって,それぞれよい所でした.


















2013年2月21日木曜日

京路山と八禰宜山

京路山    414.8 m
八禰宜山  420 m

伊勢神宮から高麗広を通り,剣峠を越えて五ヶ所浦にいく自動車道があります.サニーロードができて,この道を通る車はほとんどいなくなったようです.11日にmyラクティスで通りましたが,出会ったのはクロネコヤマトのトラックと,剣峠の見物をしていたプリウスのたった2台でした.特に内宮から剣峠に向う道は細くてカーブのきつい大変な山道です.昔はバスが通っていたというのが信じられません.剣峠には小さな駐車場があって,モニュメントが建っています.五ヶ所方面を展望することもできます.


myラクティス


剣峠からの展望




この剣峠から五ヶ所方面に向って,左に京路山,右に八禰宜山の登山道が伸びています.剣峠で標高330mありますので,京路山は1時間たらず,八禰宜山は20分程で頂上に着くことができます.いずれの山も自動車道から尾根に上がるまでは,登りがきついのですが,尾根道になると快適に歩く事ができます.考えてみれば,峠道が二つに分けた山ですが,もとは尾根続きの山です.いずれも椿の大木の森で,よく似た雰囲気です.始めに京路山の山頂をめざして,歩きました.神宮林の境界石が尾根に点在しています.いくつかの岩場のピークを越えて行くところは,鷲嶺を思い出します.真冬なのに,常緑樹の葉は緑が濃く,強い風が吹いていたのですが,風音ばかりで,冷たい風にあたることはありませんでした。木々の葉が風を防いでいるようです.京路山の頂上は小さな広場になっていて,すばらしい展望でした.志摩のスペイン村から英虞湾,五ヶ所浦まで,180度以上を見渡すことができます....と,ここで,猟犬の吠える声が山の中腹あたりから聞こえたかと思うと銃声が2発響きました.神宮林との境界であっても狩猟をしているようです.狩猟期間は3月15日までです.一生懸命生きている動物を殺すのは可哀相な感じがします.害獣の駆除とか,生息数の調節の必要性とか,もちろん理解できますが,狩猟を趣味や楽しみとしている方もいらっしゃるでしょう.私だって牛や豚や魚を食べて生きているけれど,止めてほしいと思わずにいられません.

八禰宜山は短い分だけ,傾斜はきつかったかも知れません.頂上の展望はやはり,すばらしいものです.こちらは主に五ヶ所浦方面を見渡すことができます.頂上の少し下にベンチがあって,ここにすわると,ベンチがほんのりと暖かく感じられました.お日様にあたためられたのでしょう.やれやれと,いつまでも座っていたいような感じがしました.でも耳をすましても,鳥の声は聞こえませんでした.森が凍っている.猟のせいなのかなあ.


京路山口 南勢テクテク会のプレートがあって安心です.

椿の森
京路山 広場もあります ちょっとこわい



八禰宜山


帰りは,あの狭い峠道を戻るのは気が進まず,五ヶ所まで降りていって(こちら側は普通のよい道路です),サニーロードで伊勢に戻りました.蛇足ですが,五ヶ所側のサニーロードの起点にはサークルKがあって便利です.



2013年2月16日土曜日

長谷の城山 291m 2月10日

近長谷寺の十一面観音立像 と 普賢寺の普賢菩薩坐像

伊勢市とその西方の山,という本を見ながら,幾つかの伊勢の山をめぐっていると,だんだん全ての山を制覇したいという気持ちになってきました.連休の初日,大変な風邪で体調がやっと戻りかけてきたところでしたが,あまりの好天気についつい近場と思い出かけてしまいました.たまたま偶然にも両仏像の解説を聞くという機会に恵まれて,思わぬ仏像鑑賞の小旅行となりました.

長谷の集落までは,夫の運転で行きました.どの道をどう通ったのかは,恥ずかしながら記憶にありません.途中おきん茶屋の角を曲がったということは知っています.
長谷の集落に着くと観音の里と書いた大きな看板があります.この向かいが公民館になっていて,駐車場に車を置く事ができます.もう少し先までいくと,お寺の駐車場があるようですが,昔からの参道を登るなら,ここに車を置いたほうがよいと思われます.看板の裏の道を登っていくとすぐに,参道を示す石碑が建っていて,ここから右に曲がって登っていきます.コンクリートで舗装してある道ですが,なかなかの急な坂道です.寺まで,0.8キロ,途中に庚申塚や山の神,地蔵塚などの案内板があり,あと00mと書いてあるのを見て励まされながら,やっと境内に到着します.

このお寺は丹生山近長谷寺といい,885年に建立されたということです.本尊の十一面観音像は,6.6mという大きな仏像で,奈良の長谷寺,鎌倉の長谷寺とともに日本三観音のひとつとして有名なそうです.日本三観音とは三体の仏像を一本の樟から造ったものと伝えられているそうです.ちなみに奈良や鎌倉は「はせでら」と読みますがここは「ちょうこくじ」と読みます.近とは,伊勢神宮の近くという意味で,後の時代に改称されたそうです.また,本堂は洪水のため喪失され,元禄時代の再建で,創建当時のものはご本尊のみということです.
境内には本堂と庫裏が建っています.2月18日は例大祭で終日開帳されるそうですが,通常は拝観料200円かかります.しかも係りのおばさん2人は,地元の方で日曜日しかいらっしゃらないそうですから,平日に行っても,拝観することはできないようです!!私たちが拝観をお願いすると,パンフレットをわたしてくれて,堂内にはいる木戸をあけてくれました.ちょうど来週がその例大祭で,その準備のために,若い和尚さんがいらして仏具を磨いていました.私たちがはいると,手をとめてお寺の歴史や仏像などの説明をして下さいました.18日には,12時と3時に餅撒きがあるとか,護摩を焚いて行者の方がみえるとか.そして,なんとなんと,ご本尊を安置してある部屋の裏の扉を開けて,厨子の中,まさに観音様の足元に入れていただき,大きな観音様を下から見上げて拝ませて戴きました.


観音様は平安時代のもので,長い年月のため,黒ずんだ色をしていますが,近くで見ると木目が見られます.目は半開きで白くくっきりと塗られていて,また装飾品や錫杖,蓮華や水瓶などは,にぶく金色に輝き,観音様の大きさもあるのですが,全体に男性的で力強い印象がします.多分心にやましい事があると,この観音様の前では 空恐ろしくなるのではないでしょうか.

近長谷寺のある山は 長谷の城山と呼ばれ,南北朝時代には城があったそうです.頂上へは 寺の裏手から約10分ほど登ると着きます.道は整備されているのですが,頂上の広場は荒れ放題で,ベンチやテーブル,吸殻入れまであるのに,伸びた草や枯れススキに埋もれている状態でした.お寺の和尚さんもここ10年位は頂上へは行っていないと,おっしゃっていました.


和尚さんが教えてくださったので,車で数分のところにある普賢寺まで行ってみる事にしました.ご本尊の普賢菩薩坐像は旧国宝で現在は国指定重要文化財になっています.前もって連絡しておかなければ通常は拝観はできないようなのですが,たまたま別のお客様がいて,先代のご住職の奥様と思しき方が,快く招き入れてくださいました.本当にありがとうございました.また,このお寺にもいわゆる長谷型といわれる十一面観音像もあります.
ご本尊の普賢菩薩坐像は平安初期の特徴を備えると言う事ですが,年代等は不詳のようです.平安時代からこの地区でも多くの密教系の寺院があったそうですが,織田信長の焼き討ちにあってほとんどが焼失,この仏像のみが,民家にあって難を逃れ残ったということでした.この普賢菩薩坐像の特徴は姿の美しさにあると思います.装飾性に富んだ髪型と流れるような垂髪,ふくよかなで穏やかな表情,肉付きのよい肩とひきしまった胴体,リアリティのある存在感.印象はまさに優しい慈愛に満ちたという表現がふさわしい御仏像でした.近長谷寺の十一面観音像とは随分異なるように思います.やはり,普賢菩薩像の方が,後の時代につくられたものなのでしょうか.

 

帰りは更に足を伸ばして,てんけい公園に寄ってみました.新しい公園なのだと思います.広い池と芝の広場があり,凧揚げの家族やウォーキングを楽しむご夫婦など,なかなか良い公園でした.多気町もまだまだ,いろいろ行ってみたい所があります.少しずつまわりたいと思います.

2013年2月13日水曜日

国束山 413.8m  1月27日

国束山へは,アスピア玉城の横の道を,伊勢自動車道の方向へどんどん行きます.高架をくぐって池の横を通り過ぎて,道はしだいに細くなり,うっそうとした林の中を通りぬけ,まもなく国束山の登り口の駐車場に着きます.弘法温泉の名の由来となった弘法石が祀ってあります.木の覆いかぶさる薄暗い駐車場はあまりよい雰囲気ではありません.国束山の頂上付近には,国束寺という寺の跡が残っているそうです.国束寺の開祖は聖徳太子と伝えられ,平安時代から室町時代まで,密教の修行の寺として栄えたそうですが,織田信長の伊勢攻めの際に焼かれ,後に,江戸時代に一度再興されますが,次第に衰退し,昭和28年に麓の平生の地に移転されたそうです.かつてこの道は参道だったのでしょう.登り口は広い舗装された道路でまっすぐに登っていきます.

伊勢はすごいなあと思います.歴史的な人物の関わった話があちこちにたくさんあるのですから.

登り始めてすぐ,左に分岐する山道があります.こちらが,旧道コースにあたるようです.まっすぐ行くと,鳴子山に寄ってから行く百瀬川コースです.今日は,初めてなので,幾分近いと思われる旧道コースをとりました.山道は始めは急でしたが,「これより10町」とかかれたお地蔵様のある角まで来ると,なだらかになってきました.さらに岩屋窟に通じると思われる分岐を過ぎると,空気が冷たく感じられてきました.昼なのに霜柱の氷が道のあちこちに溶けずに残っていて,踏むとぱりぱりとした感触が伝わってきます.従是西南禁殺生とかかれた石が埋もれかかってあります.道は次第にまっすぐに広くなって,何かの礎石のようなものが,両側に並び,程なく昔の境内と思われる広場に到着しました.約40分の行程です.境内は木が切られて明るい雰囲気でした.古い石灯篭や小さな祠があり,今も新しい絵馬をかけられるようになっていました.建物の跡ははっきりとわかりますが,瓦礫が散乱してそこに雑草が茂っているという感じです.建物は朽ちてしまった訳ではなく,大阪の四天王寺や麓の新しい境内に移築されたそうです.頂上へは,この大きな建物の跡を踏み越えて奥へと登っていきます.八幡社,白山社,夜奈塚などの碑が立っています.頂上まで約5分程でした.展望はほとんどありません.


境内に続く古い参道
旧境内

旧境内


国束山は不思議な所です.旧境内に,廃寺の寂しさはなくて,明るい休憩所のようです.
例えば,梅香寺には 古いくずれかけた墓碑なども残っていたのですが,ここには,そのようなものは見当たりません.きちんと移転されたのでしょう.そしてここに建っていた建物も新しい境内に移築されているそうなのです.ここには何も残されていない,そんな印象の所でした.