2016年8月21日日曜日

其の15 六千日参り塔

今回は、四宮の西入という人が建てた4つの千日参り塔のうちの、三千日参り塔と五千日参り塔についてです。この二つは朝熊町地内の宇治岳道と、朝熊岳道にあるということでしたので、実際に朝熊山に登っていけばすぐに見つかるものと思っていました。ところがそう簡単ではありませんでした。


三千日参り塔



朝熊山に登りに行く時、通常は朝熊岳道を登り、朝熊峠で宇治岳道と合流します。そのまま山頂がある八大竜王社をめざし、山頂に到達してから金剛證寺の裏手へおりていくというルートがあります。
朝熊山登山ならこれでよいのですが、岳道は昔から金剛證寺へ参拝するための道です。すなわち朝熊峠の合流地点から金剛證寺の正門まで宇治岳道は続いており、山頂に向かうルートとは異なります。旧参道と地図に書かれているところです。今まで、ここを通ることがなかったので、石塔を見つけることができませんでした。三千日参り塔は、この参道に他の石碑群とともに、ひっそりと立っていました。そこは、朝熊峠までの山道とは異なり、広くなだらかな坂が続き、深い森に囲まれた道です。

昔の人になったつもりで気持ちを想像してみました。はるばる古市から3時間位かかったのではないでしょうか。汗をかいて息をきらしてようやく峠にたどり着き、穏やかな参道にはいったとき、石碑達が参拝者を励ますように並んでいます。もう少し進むと極楽橋とよばれる石の橋があり、小さなお堂を二つ通り過ぎます。いよいよお寺が近づいてきたんだなという、緊張感と期待、安堵感にどきどきしたことでしょう。寺の門前では、たくさんの人がいて茶店が並び賑わっています。道はいつの間にか、きちんと整備されたまっすぐな道で、なおも進むと、正門の石段の下にやってきます。見上げると仁王様がギンとにらんでいます。恐れおののきながら門をくぐると、突然に美しい庭園が開け、大きな赤い屋根の本堂が奥に見えます。きっと有難い気持ちになって参拝をしたことでしょう。

こう思うと、朝熊山に行ったら、山頂よりも、参道をたどって歩いてみた方がいいんじゃないかと思います。


五千日参り塔



五千日参り塔はケーブルカー跡の橋の手前付近と聞いていましたが、2回探してみましたが見つかりませんでした。web で八町石の少し上あたりにあるという地図と写真を見つけ、これをたよりに3回目、探しに行きました。ところがやはりありません。二人で3度も見逃すはずはなく、今は使われていない旧道を探すことにしました。八町過ぎた所に、右手にはいる横道があり、立て札に「九、十町の町石 ただし行き止まり」と書いてあります。もうここしかないと、はじめは藪をかき分けクモの巣を払いながら進みましたが、すぐに歩きやすい山道になりました。そして間もなく、五千日参り塔が道の左にたっているのを見つけました。旧道にあるので、何回探しても見つからなかったはずです。ずっと以前に誰かが供えたのか、破れたペットボトルがあって雨水が溜まっていました。 
五千日供養 四之宮河原 西入 万治四辛丑年六月朔日
とはっきり読めます。お地蔵様の姿はぼんやりとしかわかりませんが、木々に守られて、4つの石塔の中では、最も風化が少ないように思いました。



これで4つの石塔を見つけることができました。(其の14で二つ)

一つ目  千日参り塔は、岳道が古市から分岐して坂を下りきった辺りにあります。おそらくここは、賑わっていた古市を抜けて、朝熊山をめざし、新たに心を引き締めた出発点だったのではないでしょうか。西入という人にとっても、千日参りは目標ではなく、遠大な祈りのはじめの一歩だったという気がします。


千日参り塔


二つ目  三千日参り塔は、千日参り塔の5年後、金剛證寺近くの旧参道にあり、いわば岳道の終着点付近にあります。ひょっとして三千日参りは大きな区切りだったのでしょうか。石塔にも結願と刻まれています。これで終わると考えていたのかもわかりません。

三つめ  五千日参り塔は さらに6年後、朝熊岳道の九町石手前にあります。厳密には中間点ではないと思うのですが、中程という所でしょうか。三千日参り塔と五千日参り塔は、お地蔵様が彫られていて登山者の安全を祈願してくれています。

四つ目  六千日参り塔は 朝熊山から再び離れ、広々とした水田のひろがる土地に立っています。さらに2年後のもので、奉参詣三宮六千日結願供養と彫られています。西入にとって最も重要なはずのこの石塔は、何故ここに建てられたのでしょうか。はじめ、ここが岳道の中で最も風光明美な場所だからなのだろうと思っていました。広い水田、五十鈴川の流れ、遠くの山々。
ここからは内宮の森も見ることができます。三宮参りを六千日でしめくくり、ここに石塔を建立し、なおも内宮参拝を石塔に託しているのかもしれません。それにしても西入という人を突き動かした願い、あるいは信仰とは、どんなものだったのでしょう。年齢を重ねていって、いつかわかる日がくるのでしょうか。


六千日参り塔

道路からわずか1メートルたらずの場所で最も風化がすすんでいます。